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人助けから、気づき学べたこと。(自分用備忘録) 2017/12

少し昔の話しですが、匿名な部分を守秘にして、気づいたこと、学べたこと、反省しなければならなくなり、自分の考え方の方向転換をすることになった、実際に出会った出来事を、自分用にメモを残します。

  

 

空で記憶していた出来事を、ざっと時系列に、書き留めます。

 

最初に、LGBTQ2Xなど、マイノリティの話です。

偏見があるかたは、読み進めず、他を当たって下さい。恐れ入ります。

 

ICYMI : 

 

2012年

・ホームレスで、マイノリティに苦労されている人々と、一緒に2〜4ヶ月程度、社会活動として、仕事ではなく、勤務後の、自分の社会勉強的な、実社会での経験で知った現実。

 

【知り合ったきっかけは仕事仲間として】

おじさんは、わたしより少し若いし、おじさんというより、ちょい悪お兄さんという感じで、普通のスーツ姿が、少し縒れた、ロン毛のサラリーマン風だった。

それが、出会いの第一印象。とある事業を任されていたので、お互い、数人同士のチーム分けを簡単にして、出来ることからどんどんこなしていく、人海戦術的な事務作業。

 

オフィスワーク的で、PCスキルや、対人折衝など、かなりクレーマー処理も含めた部分も任される、内勤業務ではあった。

 

【おじさんの印象ときづいたこと】

おじさんは、とにかく見た目は、ちょっと怖いお兄さんといういかつい感じのオーラがあったが、話してみると、気さくで、言葉が雑にはなりますが、ちゃっちゃと事をこなすタイプの人。イメージとしては、この人、普通に仕事こなせる人だなというのと、話してみると、お茶目なときと、少し考え込むと険しくて、近づきづらい時がある。

 

振り返ると、それは、私自身の、対人恐怖心のバイアスがあったかもしれない。

これは反省した部分。

 

【杯を交わして腹を割って話していただけた実情】

おじさんと、酒を飲んだ。港区の割と高級なお酒を出すお店が多く集まる界隈で。

居酒屋の煙たさや、サラリーマンの方々の日々のご苦労が、どっさり集まるところが少し苦手意識が、私にはあり、お願いして、静かな音楽の流れる、バーで、軽く呑もうという話になった。

 

酒を呑み、腹を割って話しをしてみたら、意外な事実を知ることになった。

それが、先に書いた、おじさんの実情のこと。

 

仕事にあぶれ、ホームレス経験があり、それも数日とかではなく、数ヶ月から数年、

まさにトーキョーサバイバルなお方だったこと。

どう暮らしていたの?とおそるおそる聞くと、国道の大きな川を渡る橋の下が、ちょうど野球場や、公園などになっているところで、いわゆる段ボールハウスで生活し、

家賃負担を切り詰めていると、知ってしまった。

 

なぜ行政に相談したり、支援をしてくれそうな、NGONPOなどを頼らなかったの?

とずけっと聞いてしまった。

聞き切り込んでから、あ、しまった!失礼なことをきいてしまったか!?と焦ったが、おじさんは、静かに、実情を話してくれた。

 

【おじさんの悩める実社会との接点や、個別のマイノリティを叫べない実情】

かつて、都のある仕事で「非正規」職員として働いていた職歴をお持ちで、毎朝毎晩、真面目にハードな現業をこなしていたが、おじさんの性格上、どうしてもカチンと来ると、ぐっとこらえることが出来ず、口汚くののしってしまう、おじさんなりの欠点は自覚されていた。

その当時の上司の理不尽な要求や、労働賃金の計算の問題などで、待遇に不満があるところに、神経を逆なでられるようなことがあったそうで、上司を殴って、バックレ手しまった。

 

故に、借家に戻ることも出来ず、ネットカフェ難民から、職安を転々とし、結局ゆきついたのが、缶詰を分けてくれた、橋の下のホームレスの別の人々の救いだったそうだ。

 

【少し整理】

1. おじさん、ソフトな「LGBT」のGゲイの方。話すと物腰は柔らかいし、頭の回転も速い。

2. キレやすい性格が、悪い方に働いてしまい、仕事が上手くこなせない自分自身に短気になってしまったり、些細な上司からの多少大きなタスクに耐えきれないと、キレて現業の前から敵前逃亡してしまう。

3. 資金難から困窮し、結果「ホームレスとして生きる」ことで、命をつむいだ。

4. 仕事を得るにも、求人情報を検索するにも、 「スマホ」一台と、図書館、公民館の自習室などで、「充電」。結構大変だったそう。

5. 実は、離婚歴があり、シングルパパで、お子さんを育てている。驚いた。残念なことに学校には不登校になってしまっている。

6. おじさんには、若いLGBTのGなパートナーが居た。彼(彼女と呼ぶべきか?!)もまたホームレスになっていて知り合って、一緒に協力して子育てをしながら、ホームレス生活からの脱却を目指しているとのこと。

 

【わたしなりのおじさんの抱えていた問題の分析】

商業地の駅前で、Big Issueなど、ホームレスの人しか、委託販売が許可されないNPOの業務も廃品回収業など、人が好んでまではしなそうな仕事も、仕事に貴賤の差をつけることなく、もちろんなさられたことはあったそうだが、貧困ビジネスに、取り込まれ搾取され続けて、精神的に消耗し、キレてしまい、またキレたことを自己反省しては後悔し、という負のスパイラルに、悩んでいた。

相談できる、利害関係の無い、信頼できる仲間が居なかった、との、無念を伺った。

 

【5年先の未来への約束】

飲み終わって、じゃ、又明日職場で!とお互いの帰途に就く前に、おじさんと私は、ひとつ約束をした。

 

5年後、生きていたら、また、同じ店で、酒を呑もうと。

男と男の、友情のようなたわいない約束だった。

 

正確には、

Gとのんけなヘテロセクシャル(女性しか愛せない普通の男性。若干女性恐怖をコンプレックスに持っている私。私に男色は無い)、との約束だが。

 

【それから】

それから5年経った、今年2017年。

約束の9月某日、おじさんとの約束は、残念ながら、叶わなかった。

本当に残念なことなのだが、その4ヶ月前に、おじさんは、他界されてしまっていた。

 

【死を前に自分に何が出来ただろうという、自己総括】

詳細はぼかしますが、さらなるご苦労があり、お命を自ら絶たれてしまわれたとのこと。

事情を知り、急いで、関係者の連絡先にあたり、お骨が、納骨されたお寺さんに、お焼香を炊きに、お祈りを捧げに出向いた。何故?!、ただその一言に尽きるせつなさ。

 

おじさんより、私の方が、遙かにおじさんなだけに、洒落にも笑えない現実。

 

若い人が、先にこの世から居なくなるなんて、また、なぜおじさんは、私に、苦しいその後の現状を伝えてくれなかったのかと、私も、苦悩し、沢山泣いた。

 

泣いても泣いても、死人が蘇ることはなく、

私は仏教徒ではないですが、

浄土真宗、般若心経の、白骨の御文章に唱えられる、

今日と明日を生き抜かねば、至る所に青山(せいざん : 人が死ぬ瞬間になる場所のこと)はあるよということを、

お寺の住職さまから、賜った。

 

私は関東の人間で、そういう習わしは知らなかったのだが、

おじさんは、元々は大阪近隣の方だったようで、

分骨をして、のど仏の骨を、より高い位のお寺さんに納骨する習わしがあると、その仏門宗派の習わしにに従い、のど仏の分骨を、京都の本願寺派の、某高名なお寺さんの無縁仏合祀に、納骨してきた。

 

戒名など無い。彼が、浄土真宗だったかも知らない。

 

【フィードバック 未来ある人生のために今できること】

つらいとき、言おうよ、こそっとでも、誰かに。

 

たとえそれが、人から見たら、ばかげた、ちんけな、泣き言でも、愚痴でも何でもいいからさ。

私は、愚かで、あまり役には立てないかもしれないし、救っても助けてもあげられないかもしれないけれど、ひととき、ともに過ごして、つらさをはき出して、その場はみっともなくても、

 

ただ、ただ生きて!

 

そう願うばかり。

後悔先に立たずとは、まさにこれ。

 

【自分の失敗から、学び直す失敗学】

同じ時代に生きていながら、知り合って居ながら、何にも救って上げられなかった、自分の人徳の無さに、情けなくもなった。

辛い思いの永遠のお別れとなった。合掌 +

 

死んで花実の咲くものか、生きてこそ華!

です。

 

自殺、ぜったいだめ。

 

自分も、仕事や職場、取引先とのやりとりで、「あ、これ詰んだな」って感じるとき

「保身に走ったりすること」は、それはたまにはある。

 

ただ自分の性格上、きっちり「落とし前は、自分のケツ拭きは自分でやっつけてからじゃないと、現場をうやむやに投げ出したくないタイプ」なので、

5年前のおじさんと、酒を呑んだあの晩に、おじさんと意気投合した部分では、

少し「対処のパターンが異なる」なと。

 

ただ、思考の発想の方向は、似ていて、「ネガティブ」になってしまいがち。大概は皆そうだと思う。

 

【懸念と贖罪】

心配していた、おじさんの遺児、「お子さん」に会った。

児童養護施設に居られた。

 

思ったより大きくなっていて、「高校受験」だとのこと。

おじさんの命を掛けても守らないとならなかった、お子さんの

そのお子さんの「カテキョ」を、私は、「無償」でしている。

 

僕なりの、おじさんへのお弔いとお祈りのような気持ちで。+

 

そして、貧困や、経済社会の処世術で、おじさんの知り合いの、わたし(もっとおじさん)から、お子さんへ、伝えられそうなこと、本当はお子さんが、お父さんであった、

おじさんにもっと聞きたかったことを、代わりに、聞いて上げたりも時々している。

 

幸いなことに、しっかりしたお子さんで、ひねくれることも無く、通学も真面目にしていて、そのこの命の部分だけは、行政と、ソーシャルワーカーさんや、学校と、連携して支え合っている。

 

小さな命の成長を、命がある限りは、生き遺された者たちで支え合わなければ、

なかなか、一人で生きてはいけない。

お金を稼ぎながら、学業をこなす大変さは、よく分かっているので

そうではなく、やりたいことを実現するための、

「受験で燃え尽きない知識」と、

「その知識をベースに、物事の考え方や問題解決の方法論的な部分」を、少しずつ伝えてきた。

 

分かったようなことを、書いたが、

 

人生なんて、答えなんてない。正解すらない。自明である。

 

ただ、物の本で読んだようなことではなくて、

愚かな私自身の失敗から学ぶ、失敗学としての、反面教師として、すがめでも、眺め下ろして、使い古してもらえたらなぁと思って、悩みながら、一緒に、少しずつマイペースを大切にしてあげているつもり。

 

【若い未来ある人々へのお願い】

既に、学年内では成績上位で、私学の高校の成績優秀者の「特待生」として、受け入れ先も「内定合格」を得られたそうで、「全寮制」で春の入学を待ってくれているとのこと。

ほっとしていつつも、

他の受験生の教え子たちの、ぶち当たる受験戦争と、まだ取っ組み合っている。

 

もし、人生で、何か耐えられない、挫折に出会ったら、

「電話して」下さい。

「捨てる神あれば拾う神あり」、かもしれません。

God only knows だけでない、

今を生き抜く、毒吐きは、メンタル面のサポートでとても大事です。

 

いのちの電話 東京都福祉保健局